結論からいおう。まったく問題ない。わたしたちの体は生まれたときから、糖質制限食に適応している。
糖質制限は危険ではない
俗にいう3大栄養素とは、炭水化物(糖質)とたんぱく質と脂質。このうち必須栄養素がなにかご存知だろうか? たんぱく質と脂質である。炭水化物は含まない。
ヒトの身体のエネルギー源が、炭水化物と脂肪であることは中学生でも知っているが、じつは炭水化物は端役の新人。脂肪がベテランの花形役者ということはあまり知られていない。
ここで、ちょいとコムズカシイ話をさせていただこう。エネルギーの代謝に関する話である。
人間にそなわっているエネルギー代謝システムにはこの2種類がある。
- 脂質-脂肪酸システム
- 糖質-ブドウ糖システム
①は脂質から脂肪酸をつくりだすしくみ。②は糖質からブドウ糖をつくりだすしくみ。いうまでもなく、脂肪酸もブドウ糖も人間の肉体の燃料だ。
脂質を食べると体内で脂肪酸に分解され、そのまま細胞にエネルギーとして利用されるか、体脂肪に再合成され、皮下脂肪としてたくわえられる。ちなみに、脂肪を食べすぎたとしても、水と二酸化炭素に分解され、そのまま体外へ排出されるので、巷間でいわれるように肥満の原因になることはない。
だが糖質は体内に入るとブドウ糖になり、一部は肝臓や筋肉にグリコーゲン(ブドウ糖のかたまり)として貯蔵される。が、大半はそのままエネルギーとして利用され、余ると体脂肪に変換されて、内臓脂肪としてたくわえられることになるのだ。肥満の原因はこれ。ブドウ糖は食べすぎてもそのまま体外に発出されることはなく、余ったぶんはすべて体脂肪になるからだ。
とにかくは、脂質も糖質も最終的には体脂肪に変換されるというわけである。
体脂肪は、空腹時(低血糖時)や運動時に脂肪酸へ分解され、筋肉のエネルギー源として血中へ放出されるほか、人間の基礎代謝のメインエネルギーとしても利用されている。基礎代謝はヒトの全消費カロリーの約7割を占める。
こうしたことから、
- メインエンジン:脂質-脂肪酸システム
- 補助動力装置:糖質-ブドウ糖システム
ということができる。
われわれがふだんよく耳にするのは②であるが、ヒトの生命活動に不可欠なのは①なのである。
糖質を常食することに、人類はまだ慣れていない
これは、人類が農耕を始めたのが比較的最近(1万年前だが、日本伝来は弥生時代)で、それ以前はずっと狩猟採集生活を送っていたことと深い関係がある。
というのも、炭水化物を主食とする食文化を手にしたのは、人類の悠久の歴史のなかではほんのわずかな時間なのだ。700万年という人類史を振り返れば、ホモ・サピエンスには炭水化物(糖質)を口にする機会などめったになかったことがすぐわかる。
ずっと、肉や魚、野草や山菜、野菜、木の実、種子類(いずれも主成分はたんぱく質と脂肪、野菜は食物繊維とわずかな糖質)中心の食生活を送ってきたのである。
脂肪をエネルギー代謝の中心に据えたシステムは、そこへの適応である。
たまには糖分をたっぷり含む果物を発見しただろう。だが、安定供給されることのない糖質によりかかるわけにはいかない。野菜やナッツなどにも糖質は含まれているが、量はさして多くない。だから、ヒトのDNAは、糖質を火事場の馬鹿力として使うことにしたのだろう。
体脂肪を分解して脂肪酸をつくるより、肝臓や筋肉に貯蔵したグリコーゲンをブドウ糖に分解するほうがはるかに効率がいい、というのも、瞬間的に大きなエネルギーを得るには好都合だったにちがいない。
チーターが獲物を狩る姿を思い浮かべてほしい。あるいは、必死で逃げるインパラを。ああいった瞬間、グリコーゲン(ブドウ糖)が利用されている。現代人なら、階段をかけあがったり、重たい荷物を持ったりするときだ。
ちなみに、グリコーゲン(ブドウ糖)の貯蔵庫(肝臓と筋肉)のサイズはそれほど大きくない。大人で肝臓に100g(約600kcal)、筋肉に300g(1800kacl)程度。これに対し、体脂肪の貯蔵量は、体脂肪率20%で体重60kgの人の場合、12kg(11万kcal)。
比較にならないが、糖質摂取量が少なかった時代にはこれで十分だったのだ。そうして余ったブドウ糖は無駄にすることなく、メインエンジンを動かすための中性脂肪としてストックする。狩猟採集生活では、食べ物が何日も見つからないことだってある。飢餓に備えるしくみだったのだろう。
つまり、グリコーゲンは短期の燃料貯蔵形態であり、体脂肪は大容量の長期燃料貯蔵形態だったのだ。 じつによくできたエネルギー代謝システムだ。奇跡的なまでの精密さに舌を巻く。
人間の体にはブドウ糖しか利用できない器官がある。赤血球だ。これ以外にも、ブドウ糖を中心に利用する器官が一部ある。
だが、心配はいらない。人間には、糖新生(たんぱく質からブドウ糖を合成するシステム)がある。脳がブドウ糖しか利用しない、というのもまちがいだ。脂肪酸(正確には、肝臓が脂肪酸を分解してつくるケトン体)を利用できる。
糖質制限食に切り替えてしばらくすると、体内で「糖質-ブドウ糖システム」から「脂質-脂肪酸-ケトン体システム」へのパラダイムシフトが起こる。ブドウ糖の供給が途絶えることで、肉体が脂肪をこれまで以上に積極的に使いはじめ、肝臓ではケトン体の生成が盛んにおこなわれるようになるのだ。
このとき、肉体に異変を感じることがある。わたしがそうだった。糖質制限を開始して3週間ほどたったころ、頭が終始ぼんやりとし、集中力が落ちるのを体験した。2週間ほどである。それまでブドウ糖を中心に使っていた脳が、ケトン体をうまく利用できるようになるまでの調整時間だったのだろうと思う。
気の遠くなるような時間をかけて獲得したのだろうこのシステムは、これまでずっと人類の繁栄を支えてきたのだ。ところが、炭水化物の常食が、その蜜月にヒビを入れてしまったのだ。
運動不足が、糖質過多の弊害に拍車をかける
現代人の生活は、ヒトのエネルギー代謝システムから大きくはずれたものになっている。本来、補助動力装置であるはずの「糖質-ブドウ糖システム」の利用頻度が高すぎるのだ。
その結果、さまざまな弊害が生じている。糖尿病しかり心疾患しかり自己免疫疾患しかり、糖質はさまざまな病気を生みだす温床となっている。
糖質が悪者だというつもりはない。単に、長年かけて進化してきた人間のエネルギー代謝システムに、糖質の摂取過多がそぐわないだけである。想定外の事態が発生したにすぎない。
「糖質-ブドウ糖システム」にも、ある程度の遊び(ゆとり)はある。血糖や内臓脂肪が増えすぎたとしても、激しい肉体労働を日々こなしていれば相殺できる。国立がんセンターの研究で、毎日1時間以上の筋肉労働か激しいスポーツをしている人は、炭水化物の摂取で糖尿病発症リスクが上昇しないことがわかっている。
しかし、現代人の多くはデスクワークが中心。一匹のほ乳類としてみた場合、運動量が決定的に不足している。明治や大正時代を生きた先祖の運動量は、われわれの10倍だったという。いわんや狩猟採集民をや、である。
糖質制限は危険どころか、人間本来の食習慣
もうおわかりだろう。炭水化物など食べなくてもなんの支障もない。むしろ、「糖質-ブドウ糖システム」が出番を奪った「脂肪-脂肪酸-ケトン体システム」の復権をはかることこそ、ヒトの食習慣のあるべき姿。人間一人ひとりが持つパフォーマンスを最大限に引きだしてくれるのだ。
それが証拠に、わたしはきょうも元気だ。
糖尿病では血液中や尿中のケトン濃度を問題視するため、ケトン体という単語を耳にすると神経をとがらせる向きもある。だが、糖質制限食によるケトン体濃度上昇は、無視してOK。糖質制限食は、血中ケトン体が髙値となるが、あくまで生理学的な上昇であり、インスリンの働きが落ちたときの生じる病理的なものではない。なんの問題もないそうだ。
【イラスト内テキスト2】三大栄養素、五大栄養素、第六の栄養素/糖質、脂質、たんぱく質、ビタミン、ミネラル、食物繊維/ヒトの身体の主要燃料は、糖質と脂質。たんぱく質も一部、エネルギーとして使われる。余ると、グリコーゲンや脂肪として蓄えられる。筋肉や血液、皮膚、骨、ホルモン、酵素などの材料になるのがたんぱく質。脂質も細胞膜などになる。ミネラルも体づくりに必要となる。各種代謝の促進や調節を担当しているのがビタミンとミネラル。広義には、食物繊維も身体を調整しているといえる。