2013年にビクトリア・ベッカムがある料理本についてツイッターでつぶやいた際、全世界で大きな話題となった。その料理本のテーマは、アルカリダイエット(アルカリ食)。
アルカリダイエットは、ハリウッドセレブたちが現在こぞって実践する食事療法だ。ダイエット効果があるだけでなく、肌がきれいになり、関節炎やガンなどの生活習慣病の改善にも役立つという。
その根拠は、精製砂糖や、白米や白小麦などの精製炭水化物、お菓子、肉類、加工食品といった酸性食品はわれわれの身体に酸を生成する原因になり、体内の炎症を促進、健康を害するというものである。食べ物の酸、アルカリは慢性疾患にも関連している可能性があるという。
アルカリダイエット(アルカリ食)では、ほとんどの野菜や果物、いくつかの種実(ナッツとシーズ)、さらに豆類を中心に食べることになる。こうした食べ物は、体内のアルカリ化を促進するからだ。
反対に肉類や卵、乳製品、ほとんどの穀類、加工食品(インスタント食品、冷凍食品、コンビニ食など)は極力減らす。体内の酸性化が進むからだ。同様にコーヒーやお酒も飲んではいけない。
アルカリ食に運動は必要ないそうだ。しかし運動は健康の基本である。この部分には大いに異議を唱えたい。
しかし本当に、アルカリダイエット(アルカリ食)には健康を改善する効果が見込めるのか。そもそもアルカリ食とは何なのか。
科学的な考察も交えて、解説していこう。
アルカリダイエット(アルカリ食)とは何か?
「脂肪を燃やす」などという表現があるように、ヒトの身体のエネルギー産生システムはよく「火」に喩えられる。個々の食べ物が持つエネルギーの量は「カロリー」という単位で表される。これも熱量の単位である。
もちろんわれわれの身体のなかで本当に食べ物が燃えているわけではない。食べ物からエネルギーがつくりだされる化学反応はとてもゆっくりしたものだ。
だが、薪を燃やすと灰が残るように、われわれが食べたものも代謝後には灰のようなもの(老廃物)となる。この老廃物は通常、アルカリ性か酸性(あるいは中性)になる。
そしてそのpH値は、われわれの身体のpH値に直接の影響をおよぼすことができる。
食べ物は身体のpH値を変える
アルカリダイエット(アルカリ食)をきちんと理解するには、pHを理解しておく必要がある。簡単に説明しておこう。
小学校でも習ったが、pH値は0~14のあいだで表わされる。
- 酸性:0.0~6.9
- 中性:7.0
- アルカリ性:7.1~14.0
一般にアルカリダイエット(アルカリ食)に従う人びとは、自分の尿のpH値を調べ、アルカリ性――pH値7以上であることをチェックする。体内に酸性の代謝物とアルカリ性の代謝物がそれぞれどの程度あるかのモノサシとなるからだ。
ここで知っておきたいのは、尿がアルカリ性あるいは酸性だからといって、身体のどの部分もアルカリ性や酸性であるということにはならないということだ。
とくに血液は、ホメオスタシス(生体恒常性維持機能)によって、基本的にいつもpH値7.36~7.44の弱アルカリに保たれている。そこからはずれると人間は死んでしまうからだ。[参][参]
たとえばアルコール中毒は血液が酸性化(ケトアシドーシスという)することで、患者を死亡させるし、糖尿病もケトアシドーシスを引きおこすことがあり、患者の1~5%は死にいたる。[参][参]
また胃はいつも塩酸で満たされており、胃酸のpH値は1~1.5の強酸性だ。
だが、尿のpH値は食べ物やその他の要因によって日々変動する。[参][参]
実は、血液が弱アルカリを維持するシステムも、酸性の老廃物を尿中に排出するしくみによって成り立っている。
あなたが焼き肉屋へ行き、カルビをたらふく食ったとする。カルビは代謝されて、酸性の老廃物になる。それらはいったん血中に入る。そのままでは血液が酸性化してしまう。そこで身体は老廃物を腎臓へ排出するのである。その日の夜、トイレにリトマス試験紙を持ちこんで尿を濡らせば、pH値の低下が見てとれるだろう。
つまり尿のpH値は、われわれの身体全体のpH値の指標となり、健康状態の指標としても利用できる可能性があるということだ。
アルカリダイエット否定派たちは、身体は本質的にpHバランスを調整するようにできているのだから、アルカリ食には意味がないという。しかしそれが的を射ていない反論であることは、ここまでの話でおわかりいただけただろう。
体内のpHバランスが酸性側に傾くと、病気にかかりやすくなる
では、あなたやわたしの身体のpHバランスが酸性側に傾くと、どうなるのか。
病気にかかりやすくなるのである。
反対に適切なpHバランスが保たれていれば、病気になるプロセスが発動することはない。いったん病気になっても、体内のアルカリ化を進めることで、改善あるいは治癒を促すこともできる。
これが、アルカリダイエット(アルカリ食)の大前提となる理論である。
身体や血液を酸性化あるいはアルカリ化する食べ物は野菜と果物
具体的にどんな食べ物がわれわれの身体を酸性化し、アルカリ化するのだろうか。
酸性の老廃物を生成する物質には、たんぱく質、硫黄、リン酸塩などがあり、アルカリ性の老廃物をつくる物質にはカルシウム、マグネシウム、カリウムなどがある。[参][参]
それぞれを多く含む食品をおおまかに分類するとこのようになる。
- 酸性:肉類、乳製品、卵、魚介類、穀類、お酒
- 中性:天然の油脂
- アルカリ性:野菜、果物、豆、ナッツ
くわしくは、別記事のアルカリ性食品と酸性食品の一覧をご覧いただきたい。
アルカリダイエット(アルカリ食)の効果
「International Journal of Environmental Research and Public Health」(MDPI)誌にて2012年に発表された研究報告(アルカリ食の健康面における利点を調査したメタアナリシス)によると、アルカリダイエットには次のような利点があるという。[参]
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アルカリ食によって果物や野菜の摂取量が増えると、体内のカリウムとナトリウムの比率が改善され、骨の健康に寄与、筋肉の消耗を減らし、高血圧や脳卒中などの慢性疾患を軽減する可能性がある。
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その結果としての成長ホルモンの増加は、心血管の健康から記憶および認知まで多くの結果を改善する可能性がある。
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多くの酵素系の機能に必要とされる細胞内マグネシウムの増加は、アルカリ食のもうひとつの副次的な利点である。ビタミンDを活性化するのに必要な利用可能なマグネシウムは、ビタミンDアポクリン/外分泌系に多くの利益をもたらす。
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体内のアルカリ度が高まることは、ふだんより高いpHを必要とするいくつかの化学療法剤にとってさらなる利益をもたらしうる。
また、慢性腎臓病の人びとにとって効果がある可能性も研究で指摘されている。[参]
まとめると、
アルカリ性食品・酸性食品理論は140年ほど前に登場し、歴史的には1度完全否定された経緯がある。しかし海外中心に昨今、その価値を再評価する動き(研究)も出てきている。そのあたりの話は別記事「アルカリ性食品・酸性食品理論は間違い? まっ赤な嘘?」に譲ることにして、先へ進もう。
アルカリダイエット(アルカリ食)の始め方、やり方
アルカリダイエット(アルカリ食)の支持者たちも、酸性食品をまったく食べないわけではない。
ガイドラインはいろいろあるが、アルカリ性食品と酸性食品の比率を、
にするのが一般的である。
もし自分のpHレベルがどの程度か知りたいなら、食生活を変える前にまずpHストリップ(リトマス紙)で尿のpH値を測っておくといい。リトマス紙は、薬局やネットショップで簡単に購入できる。
アルカリダイエット開始後はまず朝起きてすぐ測定し、食後に再度測定することで、食事によって体内のpHバランスがどう変化したかが手にとるようにわかる。
ちなみに朝の測定は2回目の尿で行なう必要がある。さらに食後の測定は、食べ終わってから30~60分ほど待つようにすること。そうでないと正確なpH値がわからない。
ちなみに尿の代わりにだ液で行なってもいいようだ。
アルカリダイエット(アルカリ食)で食べるもの、食べないもの
すすんで食べるべきアルカリ性食品はこのようなものだ。アルカリ度が高く、体内の炎症を抑えるのにも役立つ。
- キャベツ
- レタス
- ほうれん草
- 小松菜
- ブロッコリー
- カリフラワー
- セロリ
- タマネギ
- ニンジン
- 大根
- トマト
- アボカド
- にんにく
- 生姜
- ぬか漬け
- さつまいも
- 里芋
- 長芋、大和芋
- 大豆
- かぼちゃの種
- レモン
- ライム
- リンゴ
- パイナップル
- かんきつ類
- 柿
- スイカ
- バナナ
- メロン
- キウイフルーツ
- 天然塩(ヒマラヤ岩塩)
- ココナッツオイル
- オリーブオイル
- 亜麻仁油
- 青汁
- グリーンスムージー
- 緑茶
- ハーブティー
避けるべき食品、あるいはめったに食べるべきではない食品はこのとおり。
- 白米
- 小麦(パン、パスタ、うどんなど)
- オーツ麦
- ライ麦
- じゃがいも
- 落花生
- くるみ
- カシューナッツ
- ピスタチオ
- ブラジルナッツ
- チョコレート
- 牛肉
- 豚肉
- 鶏肉
- 羊肉
- 卵
- 乳製品
- 甲殻類
- 貝類
- 白砂糖
- 人工甘味料
- ココア
- ジャム
- 加工ジュース
- 炭酸飲料
- コーヒー
- ココア
- アルコール
- マスタード
- マヨネーズ
- ケチャップ
- 醤油
アルカリ性食品と酸性食品の一覧表についてはこちらにまとめている。
次のヒントも参考にしてほしい。
アルカリダイエット(アルカリ食)を成功させるヒント
1.新鮮なものを食べる
野菜や果物は鮮度が落ちるとアルカリ度も下がる。産直などの新鮮なものがベスト。高温に長時間さらされると栄養素が壊れることがあるので、炒め物などは低火~中火で調理するとよい。
冷凍食品はできれば避けたい。冷凍の過程で栄養素の一部が失われてしまう。
缶詰やドライフルーツなどは避けたほうがよい。もともとはアルカリ性食品であっても、酸性食品に変わっていることが少なからずあるからだ。
新鮮かつ未加工の食材をよく選んでいただこう。
2.可能ならオーガニックが望ましい
オーガニックの農作物は、慣行栽培(農薬や化学肥料を使った栽培)より肥えた健康的な土壌で育てられる。その結果、栄養価が高く、アルカリ度が高いのである。
3.青汁やスムージー、大豆レシチンを食事に取り入れる
青汁やスムージー、大豆レシチンは高アルカリ食品である。どんどん摂取すべきである。
4.酸性化する生活習慣をできるだけ避ける
体内の酸・アルカリバランスを崩す行動や習慣を知り、なるべく避けるようにする。以下のようなものである。
- 飲酒
- 喫煙
- カフェイン摂取
- 薬物の使用
- 運動不足
- 過度の運動
- 不眠
- 抗生物質の服用
- 水不足(1日2ℓを目標にする)
- 食品添加物の摂取
- 普通の家庭用洗剤の使用※
- 普通の石けん、ヘアケア製品、スタイリング剤の使用※
- 普通の化粧品の使用※
※合成界面活性剤への暴露
人類はもともとアルカリ食だった
われわれの先祖、農耕開始前の狩猟採集民たちが何を食べていたのか。アルカリ食だったのか、あるいは肉類など酸性食品を多く食べていたのか。それを知ることは、彼らの子孫であるわれわれに適した食事スタイルを知るのにも役に立つことだろう。
研究によると、われわれの先祖の87%はアルカリ性食品が中心だったという。[参]
われわれの先祖は、何百という種類の新鮮な自然の食べ物を食べていた。野菜や果物、種実類、あるいは植物の根を食べ、たまに自分たちで狩った野生動物の肉、魚などをありがたく食していた。その食生活は、自然とpHバランスのとれたものになっていた。
そして、人類の身体はそうした食事に適応して進化してきたのである。
ところが残念なことに、現代人の食生活は先祖のそれとはかけ離れてしまった。ほとんどの人が砂糖や精製された炭水化物、肉、加工食品、コーヒー、アルコールばかりを好んで口にしている。半面、アルカリを形成する食べ物を口にする機会は相対的にみて、致命的に少ない。
これは、現代の多くの健康問題の根本的な原因であり、次のような症状を引きおこしている、と指摘する専門家もいる。
- 肥満
- 逆流性食道炎、胸やけ
- 消化不良、炎症性腸疾患
- 慢性疲労
- 筋力低下
- 骨密度の低下
- 関節や骨の痛み
- 腎臓結石
- 尿道炎や尿管結石
- 歯周病、歯ぐきの後退
- 体内の炎症の増加、促進
- 肌のトラブル
こうした兆候があるなら、アルカリ性食品と酸性食品の割合を8:2にするといいという。
まとめ
アルカリダイエット(アルカリ食)によって身体をアルカリ化することが、病気の治療に役立つかどうかはまだまだ未知の領域である。さらなる研究が期待される。
とはいえ、現代人の生活様式が日常的にもたらす体内の炎症の増加と酸性化に対抗するには、現在のところ最良のアプローチだといえる。
酸性食品を完全にやめる必要はないが、新鮮な野菜や果物を中心に食べ、砂糖やスナック菓子、加工食品、ジャンクフードを制限することが健康維持、増進、回復への近道であることは疑う余地がないだろう。
いくつかの研究も慢性疾患を軽減したり、糖尿病や心臓病のリスクを下げる可能性があることを示唆しているのだから。