酸性食品が体内を酸性化し、アルカリ性食品がそれを浄化する。この理論を活用した高アルカリ食が昨今、健康や美容に意識の高い女性たちのあいだで注目を浴びている。
実は栄養学の世界ではこの考え方は否定されている。にもかかわらず多くの人たちが実践し、そのよさを実感している。食べ物と血液のpH値に本当に関係などあるのだろうか。
酸性食品・アルカリ性食品理論はウソかマコトか?
酸性食品とアルカリ性食品の信憑性、これを活用した食事療法の実用性については賛否両論ある。
これまでは否定派の声が大きくて、巷間でもほとんど無視されてきたが、最近はわりと注目が集まっている模様。とくに女性たちがこぞって高アルカリ食を始めている。
この人気はおそらく、海外セレブたちによるアルカリ食の復権運動が後押ししているのだろう。
してみると、すぐ飽きられ、忘れ去られる可能性も高いのかもしれないが、わたし自身はブーム以前から高アルカリ食を実践し、そのすばらしさを実感している。
この記事は、酸性食品とアルカリ性食品の考え方について、さらに理解を深めることを狙いとして書いている。
そのため少々専門的というか、マニアックな話となっている。興味のある人のみ目を通していただきたい。
「酸性食品」「アルカリ性食品」に対する批判
「酸性食品・アルカリ性食品」の理論を最初に唱えたのはスイスの高名な生理学者ブソゲ。いまから140年くらい前のことである。
ブソゲは「食肉に含まれる硫黄は体内で酸化して硫酸に変化し、体組織を酸性にする。だから食品の酸度とアルカリ度に配慮した食事が必要だ」と主張した。
この理論は当時の学界に広く受け入れられ、その過程で硫黄だけでなくほかのミネラルも注目されるようになり、体内では陰性元素が酸性になり陽性元素がアルカリとなり、これがそのまま生体の生理条件を左右すると考えられるようになっていった。
が、わりと大ざっぱな理論であったため、批判にさらされるようになる。
日本での反対派の急先鋒に立ったのは、国立健康・栄養研究所で食品科学部部長を務めていた山口迪夫農学博士だった。
山口氏の論文「食べ物と酸・アルカリ『酸性食品・アルカリ性食品』の理論をめぐる矛盾点」に目を通してみたところ、「食べ物によって体が酸性やアルカリ性に傾くことはない」という仮説を立て、その根拠として「生体には体液のpH をある一定の値に保つよう巧みな調節機構が備わっている」ことを挙げている。
体液が酸性に傾くというのは、水素イオンの濃度が高くなることだ。人間の身体はその濃度を減らすために、次のような調節機構を3つもっているというわけである。
- 体液緩衝系
- 肺による炭酸ガス(二酸化炭素) の排出
- 腎臓による酸性物質の排出と再吸収系による調節
①では、おもに重炭酸イオン(炭酸水素イオン)が水素イオンと結合して、炭酸になるほか、タンパク系とリン酸系も働いて水素イオン濃度を低下させると説明。
次の②は、肺が①で生じた炭酸を炭酸ガス(二酸化炭素)として排出する速度が高まるという理屈。
最後の③は、①で生じた物質を排泄するとともに、体内のアルカリ性維持に必要な物質を尿細管から再吸収する割合が高まるというものだ。
ざっくり書いたが(興味のある人は論文をぜひ読んでみてほしい)、こんなようなことで山口氏は、体液のpH調節は緩衝作用と、肺と腎臓によるpH関連物質の出し入れがたくみに行なわれているから、食べ物によって体が酸性やアルカリ性に傾くことはないのだ、と結論づけたのだった。
以下は論文からの引用。
『酸性食品・アルカリ性食品』のような理論でそのような病気を予防することも、治療することも不可能である。(中略)理論自体に欠陥があることが明らかとなり、現実的にも十分に生体の許容範囲内にあるため体を酸性やアルカリ性にしない以上、その用語が存在する価値はない。むしろ化学教育や栄養指導上弊害すら生み出している(原文ママ)
舌鋒鋭く、「酸性食品・アルカリ性食品」の理論を否定している。
なお山口氏は、肺や腎臓に病的な異常が起こったり、ブドウ糖代謝障害などが起これば、 体液がかなり酸性やアルカリ性に傾くこともありうるとつけくわえている。
いずれにしろ山口氏の書いた論文や一般向けの書物が広く受け入れられた様子で、その後「酸性食品」「アルカリ性食品」という用語は栄養学の教科書やマスメディア、そして大衆の頭のなかから消え去ったのだった。
これと同時に、食べ物がわれわれの体液のpH値に影響を与えているという生理学的事実(事実なのに!)も、現在の栄養学で語られなくなっていったのである。
世界の栄養学者のあいだで再認知されつつある?
ところが昨今、「酸性食品」「アルカリ性食品」の理論が復活しつつある(ネットを見ていると、そんな気がする)。テレビの健康番組でとりあげられることもあるようだ(わたしはテレビを見ないのでよく知らない)。
「PRAL」という用語も登場している。
PotentialRenal Acid Loadの略。RemerとManzが1990年代に提唱した、食事性酸塩基負荷の指標。ちょっとわかりにくいが、簡単にいうと食品のミネラル成分から体液がどう酸性化するかを推定しようとするものだ。彼らはPRALで推定した尿中酸排泄量と、実際の尿の測定値がわりと一致することを研究で確認している。
そのあたりの事情を手際よくまとめているのが、名古屋女子大学教授の錦見盛光氏や和歌山県立医科大学准教授の福島和明氏らによる論文「『酸性食品』・『アルカリ性食品』の栄養学的意義についての再考」である。
この論文では、RemerとManzが「酸性食品・アルカリ性食品」理論をどう修正したか、さらに彼らの食事介入試験によって得られた結果(以下)などをくわしく解説している。
6人の健康な成人を対象に、食事内容によって尿のpH値がどう変化するかを測定。果物や野菜は尿のpH値をさげ(アルカリへ傾ける)、反対に肉や魚、乳製品、穀物などはpH値をあげる(酸性側へ傾ける)ことを証明した。
また、そのほかの研究グループによる、PRALを活用した研究なども紹介。それらの研究でもやはり、果物や野菜が多く、肉が少ない食事ほど尿のpH値が高くなることがわかっていて、近ごろではこうした食事性酸負荷(食事が人間の身体を酸性側へ傾けること)の概念が世界の栄養学研究者に認知されていると説明している。
そして、過去の「酸性食品」「アルカリ性食品」の全面否定は、いささか乱暴だったのではないか、こうした知識は、
栄養学を学ぶ上で無視できないと考えられるので、これまで白眼視されてきた「酸性食品」・「アルカリ性食品」を「酸負荷食品」・「塩基負荷食品」と名称を変えるなどして栄養学の中で復活させるべきであろう」(言文ママ)
と論文を締めくくっている。
まとめ
いずれにしろ人間の身体は現代の医学や栄養学ではとても説明しきれるものではない。
あまり理論や理屈にふりまわされず、自分の身体が気持ちのいい生き方をするのがいちばんいいとわたしは思う。
アルカリダイエット(アルカリ食)の効果と方法についてはこちらの記事にまとめている。あわせてご覧いただきたい。