「哲学なんて、なんの役に立つんだ」
40歳になるまで、ずっとそう思っていました。科学万能のこの時代に、何千年も前の頭でっかちな人たちの思索をひもとく意味がどこにある、と。
でも今は違う考えを持っています。むしろ逆で、哲学を知らずに生きることのほうが、ずっと損だと思っている。
ヨガや東洋思想、西洋哲学——いろいろ学んできましたが、記憶力がいいわけではないから、細かい内容はどんどん薄れていく。残っているのはエッセンスだけです。でもそのエッセンスが、確実に何かを変えた。世界の見え方が、少し変わった。
そのことを、もう少しちゃんと言葉にしておきたいと思っています。自分のために。そして、もしよければ、あなたのためにも。
哲学を知れば、自分が何者かわかる
ゲーテはこう言いました。
「3千年を解くすべを持たない者は、闇のなか、未熟なままにその日その日を生きる」
最初に読んだとき、少し大げさじゃないかと思いました。でも今はよくわかる。
哲学とは、つまるところ人類史そのものです。政治も経済も科学も技術も文化も、そのすべての源流に哲学がある。古代ギリシャの哲学者たちが「世界はどうできているのか」「人間とは何か」と問い続けなければ、いまわたしたちが当たり前のように享受しているものの多くは生まれていなかった。
裏返せば——その歴史を知ることは、いまの自分がどこから来たのかを知ることです。ぼくらはみんな、何千歳も年を重ねてきた存在なのです。自分ひとりの短い人生の経験だけで世界を見ていると、見えるものがひどく狭くなる。
はやま
あらゆる学問のつながりが見える
学校では、数学、国語、理科、社会——それぞれがバラバラに教えられます。なぜこれを学ぶのか、他の科目とどうつながるのか、誰も教えてくれない。だからテストが終われば忘れる。当然です。
哲学はその逆です。自然科学も社会科学も人文科学も、すべてが哲学という大きな幹から枝分かれしている。その全体像が見えてくると、バラバラだった知識が急につながり始める。記憶が強化され、応用が利くようになる。何より、学ぶことが面白くなる。
「勉強が苦手だった」という人の多くは、たぶん勉強が苦手なのではなく、文脈のない知識の詰め込みが苦痛だったのだと思います。それは至極まっとうな反応です。
「問い」を立てる力が身につく
哲学の核心は、答えよりも「問い」にあります。
わたしたちはどこから来たのか。世界はどういう仕組みで動いているのか。どう生きるべきか。これらに決定的な答えはない。でも問い続けることで、日常の中の違和感を言語化できるようになる。自分の頭で考えるきっかけがつくれるようになる。
「人はパンのみにて生くる者に非ず」——この言葉も、哲学的な問いから生まれたものです。
情報があふれ、AIが答えを出してくれるこの時代に、本当に必要なのは「答えを知っていること」ではなく「問いを立てる力」かもしれない。哲学はその訓練でもあります。
はやま
それでも、哲学はとっつきにくい
正直に言えば、哲学の本はたしかにとっつきにくい。専門用語が多く、文章が難解で、何度読んでも頭に入ってこないものも少なくない。
わたしが哲学に入り込めたのは、ヨースタイン・ゴルデルの『ソフィーの世界』という小説がきっかけでした。哲学史を少女の冒険として語るこの本は、難解な思想をするりと飲み込ませてくれる。哲学に興味はあるけど入り口が見つからないという方には、まずこの一冊を強くおすすめします。
このシリーズでは、わたし自身の解釈や経験を加えて哲学史をたどっていきます。学術的な正確さより、「面白さ」と「自分の言葉で語ること」を優先します。間違いもあるかもしれない。でも、生きた言葉で哲学を語ることのほうが、今のわたしには大切だと思っています。
はやま
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