神さまの山は、傷ついていた。——武甲山、父と娘の秋の記録

武甲山

国道299号線を曲がり、武甲山への一本道に入ったとき、何かがおかしいと感じました。

路面が白いのです。砂のような粉が積もっていて、ダンプカーが通るたびに白煙が舞い上がります。そして山を見上げると——。片側の斜面が、根こそぎ削り取られていた。

武甲山(ぶこうさん)は、石灰岩の採掘場です。大正時代に採掘がはじまり、高度成長期に急速に山容が変わっていったと、のちに山頂の案内板で知ることになります。秩父盆地からこの山を見上げると、その痛々しさが遠くからでもわかります。かつては緑豊かな山だったそうですが、いまはその面影がありません。

はやま

正直なところ、歩く前から少し憂鬱でした。こんな山で娘に何を見せられるんだろう、と。でも、杉林の山道に入った瞬間、その不安はどこかへ消えてしまいました。

外から見えるものと、内側にあるものは、ちがう。この山はそのことを、体で教えてくれました。

狼が守る神の山

一の鳥居の駐車場に着いたのは、午前10時すぎ。すでに路肩にはクルマが連なっていました。11月初旬の週末、登山客に人気があることは知っていたのですが、思っていた以上です。

一の鳥居

一の鳥居をくぐるとき、足が少し止まりました。鳥居の両脇に、獅子ではなくの石像が座っていたからです。

狼の石像

御嶽神社や御岳神社など、山岳信仰に根ざした神社では古来、狼が狛犬の役を担ってきました。山の神の使いは獅子ではなく、狼なのです。実際、日本各地の山岳信仰では狼は「大神(おおかみ)」とも呼ばれ、田畑を荒らす猪や鹿を追い払う守り神として篤く崇められてきた歴史があります。

石像はかなり古びていて、苔が生えていました。でもその眼は、いまも山の入口をじっと見張っている。

はやま

娘は狼の石像に興味津々で、しばらくじっと見つめていました。「なんでライオンじゃないの?」と聞いてきたので、「ここは山の神さまの場所だから。狼は山の神さまの番犬なんだよ」と答えました。

精霊の棲みかへ

さあ、出発です。まずは杉林のなかを行きます。

杉林

沢沿いの道は、比較的平坦です。澄んだ水音が左手から聞こえてきます。道すがら、ニジマスの養殖場も見かけました。こんなきれいな水が豊富にある山なのだと、改めて気づきます。

滝

しばらく歩くと、傾斜が急になってきます。樹冠の隙間から落ちてくる木漏れ日が、地面をまだらに照らしていました。光と影が交互に揺れるなかを歩いていると、どこか現実の外へ出てきたような感覚がしてきます。

はやま

ここは精霊が棲んでいてもおかしくない——。そんなことを、本気で考えていました。山に入ると、ときどきそういう気持ちになります。理屈ではなく、体が感じとっている。

不動ノ滝で水を運ぶ

しばらく歩いていると、水の音が大きくなってきました。不動ノ滝です。

滝

滝のそばに立て看板があって、こんなことが書いてありました。

——山頂のトイレは雨水を利用しているため、慢性的に水不足です。ここにあるペットボトルに滝の水を入れて、山頂まで運んでください。

立て看板

大杉の広場、巨人のような木

傾斜がきつくなってきたころ、娘の歩みが少し遅くなりました。それでも休まず登り続け、大杉の広場に到着。

祠

立っていました。周囲の木がすべて子どもに見えるほどの、圧倒的な杉が。

大きな杉の木

娘は両腕を広げて木の幹に近づき、しばらく黙って見上げていました。

はやま

両手を広げたくらいあるよ!

建築資材としての杉は、植林してから伐採できるようになるまでおよそ60年かかるそうです。この大杉がいつから立っているのかはわかりませんが、少なくとも周囲の杉はまだまだ子どもです。採掘が続くこの山の中で、この木だけが何百年もの時間を黙って蓄えてきた。そう思うと、少し頭が下がりました。

大学生4人から逃げる小学2年生

大杉を過ぎると、丸太を並べた階段が続きます。単調な登りで、娘も少し退屈そうにしていました。

杉の道

突然、娘が駆け出しました。

退屈すぎて走り出したのかと思いきや、ちがいました。

「うしろから大人の男の人が来るから」

振り返ると、たしかに大学生らしき男性が4人、ゆっくり登ってきていました。追いかけているわけでも、怖い顔をしているわけでもない。ただ、存在しているだけ。

はやま

なんのプレイ? と思いましたが、娘はいたって真剣でした。走っても走っても距離は縮まらなかったので、最終的に山頂で一緒になりました。彼らはすこぶる感じのいい好青年たちで、写真まで撮ってもらいました。娘は彼らに気づかれていないと思っているようでした。たぶん気づかれています。

御嶽神社と、2億年前の石灰岩

山頂に着いたのは正午をだいぶ過ぎたころ。御嶽(おんたけ)神社が、風雨から守るための建物に包まれて、静かに立っていました。

神社

二礼二拍手一礼。こういうことは、きちんとやるようにしています。

神社の傍らにあった案内板に、武甲山の成り立ちが書いてありました。この山の北半分は、2億年前の石灰岩からなるとのこと。採掘がはじまったのは大正時代。高度成長期に採掘量が一気に増え、急速に山の形が変わっていったそうです。

はやま

2億年。恐竜よりも前の時代に積み重なった岩を、人間がここ100年ほどで削りつくそうとしている。そう思うと、なんともいえない気持ちになりました。善悪の話ではなく、ただ、時間のスケールがあまりに違いすぎて、めまいがする。

展望台から眺める、傷ついた山の向こう

御嶽神社の奥に鉄柵があり、その先が展望台になっています。柵のすぐ向こうは、採掘によって切れ落ちた崖です。

武甲山山頂

眼下に秩父市街が広がり、その向こうに山並みが連なっています。この日は少し霞がかかっていたのが残念でしたが、それでも雄大な景色でした。

秩父の街並み

足元の崖は採掘で削られた傷口です。それでもこの山は、昔と変わらずいまも秩父の人々の暮らしを黙って見守り続けている。当たり前のことですが、ここに立つと、その「当たり前」がずしりと胸に響きます。

御嶽神社の前にシートを広げて、遅めの昼食にしました。玄米のおにぎりとお味噌汁、それから唐揚げと卵焼きと野菜炒め。いちおう一汁三菜(笑)。山で食べるものは、なぜか何倍もおいしく感じます。

下山——そして秩父のそばへ

午後2時を回ってから下山をはじめました。山の中は夕方になると急に暗くなります。杉林は特に。急ぎ足で、でも慎重に。

下山

娘は下りの方が得意で、登りより数倍も速い。気温が少し下がり、沢の水の音が冷たく聞こえてきました。それでも足取りは軽く、ぶじに下山。

娘

はやま

帰りに秩父のそばを食べました。登山のあとの温かいそばは、体に染みます。娘は大盛りを頼んで、完食しました。山を歩いた子どものおなかは、底なしです。

傷ついた山が教えてくれたこと

帰り道、クルマの窓から武甲山を見ました。やはり片側の斜面は削られていて、痛々しい姿のままでした。

でも、この山を歩いた体は覚えています。山全体を覆う神秘的な空気、清冽な水の流れ、精霊が宿っていてもおかしくないと思わせる木漏れ日を。そして2億年の時間を積み重ねた岩の頂上に立ったときの感覚。大学生4人から全力で逃げていった娘の背中も。

外から見えるものと、内側にあるものは、ちがう。

それは山だけの話ではないかもしれません。傷ついているように見えるものの内側に、変わらずにある何かを、人はときどき見失います。武甲山を歩いた日、娘と話しながら、そんなことをぼんやり考えていました。

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