あなたが見ている世界は、あなただけの世界——カントの「自分だけの地図」の話

交差点で地図を持った二人の女性

妊娠したとたん、街中で妊婦さんや赤ちゃんをよく見かけるようになった——そんな経験はありませんか。

もちろん、急に増えたわけではない。前からそこにいた。ただ、自分がそこに意識を向けるようになったから見えてきた。

実はこれ、哲学の核心に触れる話です。

人はそれぞれ、違う世界を見ている

18世紀のドイツの哲学者、イマヌエル・カント(1724〜1804年)の哲学をひとことで言うとこうなります。

わたしたちは世界をありのままに見ているのではない。自分というフィルターを通して見ている。

同じ土地でも、道路地図と地形図では見えるものがまったく違います。どちらも「正しい地図」だけれど、何を見たいかによって、切り取られる世界が変わる。カントはそういう問いを立てました。

そして、こんなふうなことを言った。わたしたちは誰でも、自分だけの地図を持って世界を歩いている。経験、記憶、感情、価値観、今の状況——それらが合わさった地図を通して、世界を見て、解釈している。

だから同じ景色を見ても、同じ言葉を聞いても、受け取り方がまったく違う。

世界は、人間の数だけある。

「なぜわかってくれないの」の正体

夫婦でも、親子でも、長年の友人でも「なぜこんなに話が噛み合わないんだろう」と感じることがあります。

カントの話を知ると、それが少し腑に落ちます。相手はあなたと違う地図を持っている。見えている世界が、根本的に違う。

悪意があるわけでも、バカなわけでも、無神経なわけでもない。ただ、見えているものが違う。

「わかってくれない」のではなく、「見えていない」のかもしれない。

はやま

子育て中のお母さんには「子どもの危険」が目に飛び込んでくる。でも子育てをしていない人には、同じ場所が普通の風景に見えている。どちらかが正しくて、どちらかが間違っているわけじゃない。地図が違うだけ。そう思えると、ちょっと楽になりませんか。

自分の「正しさ」を疑ってみる

カントの哲学からもうひとつ、大事なことが見えてきます。

わたしたちが「正しい」と思っていることは、自分のフィルターを通した解釈に過ぎない。どれだけ証明できそうな「正しさ」であっても、別のフィルターを通して見れば、違って見える。

「なぜあの人はこんな当たり前のことがわからないんだろう」

そう思ったとき、その「当たり前」は自分の地図の中にだけある常識かもしれません。

そもそも、この世界に絶対的に正しいことも、絶対的に間違っていることもないのかもしれない。以前のダーウィンの話と同じで、「正しさ」も時代と場所と文脈によって変わる。

違いを楽しむ

カントの話は、「だから人はわかり合えない」という絶望の話ではありません。

むしろ逆です。みんなが違う地図を持っているからこそ、自分には見えないものを見ている人がいる。自分とはまったく違う世界を生きている人がいる。

「なんでそんなふうに考えるんだろう」という驚きは、相手が自分と違う地図を持っているサインです。それは批判の理由ではなく、好奇心の入り口にできる。

はやま

長く生きていると、自分の地図がどんな地図か、少しずつわかってくる気がします。わかってくると、相手の地図にも興味が持てるようになる。人間観察がおもしろくなるのは、たぶんそういう理由だと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です