「すまん、許せ」——ローマ皇帝も毎晩くじけていた。完璧な親なんていない

「すまん、許せ」——ローマ皇帝も毎晩くじけていた。完璧な親なんていない

「もっとちゃんとしてあげなければ」

子どもを叱ってしまったあと、ため息をつきながらそう思う。

お弁当を手抜きしてしまった朝、罪悪感が残る。習い事のひとつも行かせていないことが、ふとした拍子に気になる。

「いい親でなければ」——そのプレッシャーを、子どもを持つ親なら多かれ少なかれ抱えているんじゃないかと思います。

今日は、その「べき思考」について少し考えてみたいと思います。相棒は、ローマ帝国を統治しながら毎晩こっそり日記を書いていた、ある哲学者です。

「すまん、許せ」を繰り返しながら

わたし自身の話をします。子どもが小さいころ、体を壊して長い間、まともに動けない時期がありました。

一緒に遊んでやれない。どこにも連れていってやれない。毎日ベッドの中で「すまん、父を許せ」と思っていました。

動けるようになってからは、取り返そうとするように山へ連れていったり、あちこち出かけるようにしました。朝5時に娘を叩き起こして登山に強制連行したこともあります。たぶん嫌がっていた(笑)。

それとは別に、子どもが何かやらかすとついカッとなってしまうことがある。自分の体調が悪いときはなおさら。怒鳴ってしまったあとに、また「すまん、許せ」。

本当はのびのびさせてやりたい。でも止められない。

はやま

実は、自分の母親が感情的になりやすい人で、子どものころよくそれに苦しめられた。だから「自分は同じことをしない」と思っていたのに、同じことをしてしまう。それが一番つらかった。

これ、わたしだけじゃないと思うんです。「あんなふうにはなるまい」と思っていたのに、気づいたら似たようなことをしている。そういう経験、ありませんか。

皇帝も、毎晩同じことで悩んでいた

2世紀のローマに、マルクス・アウレリウスという皇帝がいました。

広大な帝国を統治し、戦場にも出た。歴史上もっとも優れた皇帝のひとりと言われている人物です。

その彼が、毎夜こっそり日記を書いていた。その日記が今も残っていて、『自省録』という本になっています。

中身を読むと、驚くことがあります。

ローマ皇帝が、毎晩自分自身に言い聞かせているんです。「今日も感情的になってしまった」「もっと穏やかにいられるはずなのに」「明日こそちゃんとやろう」と。

世界で一番偉い人が、毎晩反省日記を書いていた。

なんだか、ちょっとほっとしませんか。

彼はストア哲学を深く学んだ人でもありました。ストア哲学の核心はシンプルです。「自分がコントロールできることと、できないことを分けて考えなさい」ということ。

感情は、意志だけでは止められない。それはコントロールできないことのひとつです。でも、そのあとどう考えるか、どう行動するかは選べる。

マルクス・アウレリウスはそれをわかっていながら、毎晩くじけていた。それでも翌日また起き上がって、帝国を動かしていた。

「べき」の檻は、外から建てられる

「いい親でなければ」「ちゃんと食べさせなければ」「習い事のひとつもさせなければ」——これらの「べき」は、どこから来るのでしょう。

自分の内側から自然に湧いてきたものではなく、たいていは外から入ってきたものです。周りの親がやっているから。SNSで見たから。親に言われたから。

前の記事で「比べること」は社会に刷り込まれた習慣だという話をしましたが、「べき思考」も同じです。外から建てられた檻の中で、自分を責め続けている。

はやま

周りを見ていると、塾、中学受験、習い事と、子どものために必死になっている親御さんがたくさんいます。愛情からくる行動だと思う。でも同時に、「やらないと遅れをとる」という不安も混ざっている気がします。その不安は、誰かに植えつけられたものじゃないかと、ふと思うことがあります。

Let It Be でいい

子どもが親の思うように育つわけがない。それでいいと思っています。

親にできることは、自分が生きてきた中でくみ上げたものを、折に触れて話してあげること。でもそのとおりに生きてもらう必要なんてない。子どもは子どもの人生を生きる。

カッとなってしまったときは「すまん、許せ」と心の中でつぶやいて、また明日穏やかにやろうとする。マルクス・アウレリウスがそうしていたように。

完璧な親なんて、どこにもいません。

ローマ皇帝でさえ、毎晩くじけていたんだから。

はやま

わたしの人生のテーマは「ラブアンドピース」——いつも心穏やかでいたいということです。子育てにおいても同じで、完璧な親である必要はなくて、ただ愛情を持って、穏やかに隣にいてあげられれば、それで十分じゃないかと思っています。Let It Be でいい。

今日も「すまん、許せ」を心の中でつぶやいたあなたへ。それだけ子どものことを思っているということです。十分すぎるくらい、いい親ですよ。

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